2011年08月13日

第124回◇葉隠に学ぶ教育の知恵




 人に意見をして疵(きず)を直すと云ふは大切なる事にして、然も大慈悲にして、御奉公の第一にて候。意見の仕様、大いに骨を折ることなり。およそ人の上の善悪を見出すは易き事なり。それを意見するもまた易き事なり。

 大かたは、人の好かぬ云ひにくき事を云ふが親切のやうに思ひ、それを請けねば、力に及ばざる事と云ふなり。何の益(やく)にも立たず。ただ徒らに、人に恥をかかせ、悪口すると同じ事なり。我が胸はらしに云ふまでなり。

 そもそも意見と云ふは、先づその人の請け容るるか、請け容れぬかの気をよく見分け、入魂(じつこん)になり、此方の言葉を平素信用せらるる様に仕(つかまつり)なし候てより、さて次第に好きの道などより引き入れ、云ひ様種々に工夫し、時節を考へ、或は文通、或は雑談の末などの折に、我が身の上の悪事を申出し、云はずして思ひ当る様にか、又は、先づよき処を褒め立て、気を引き立つ工夫を砕き、渇く時水を飲む様に請合せて、疵を直すが意見なり。

 されば殊の外仕(つかまつり)にくきものなり。年来の曲(くせ)なれば、大体にて直らず。我が身にも覚えあり。諸朋輩兼々入魂をし、曲を直し、一味同心に主君の御用に立つ所なれば御奉公大慈悲なり。然るに、恥をあたへては何しに直り申すべきや。

(葉隠聞書第一)


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posted by ぽよよ犬 at 09:51| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする